昨日まで深川某所にて撮影現場を手伝ってたんだけど、
先の千葉の豪雨ほどではないが豪雨の中、
空き地に沼ができて、
その泥沼の中で仕事をしていた。
関西育ちの僕は、関東ローム層特有の泥沼につきあうのは初めてで、
関東の泥沼厄介だなーなんて思ってたんだけど、
それが終わってふと思ったのよ。
「泥沼化」に関するイメージ、
育った土地の土壌の差が影響してない?ってね。
以下その仮説についてのべる。
事前にAIで調べてみたが、
誰もまだこれを調べてないらしいので、学術論文にできる可能性がある。
関東: 関東ローム層。赤土。
関西: 真砂。黒っぽく、乾くと白い土。
関東ローム層:
粘土質。雨が降ると粘り気が出て、まとわりつく。
そして粘土層なので、なかなか乾かない。
真砂:
関東ローム層に比べればさらさらしている。
だから比較的水は引きやすい。
ただし泥沼化した場合、下にどんどん沈んでいく、
底なし沼になる可能性がある。
僕の知ってる沼は後者で、
はじめて前者の沼と数日付き合ったわけだね。
で、関東ローム層の泥沼しか知らない人は、
「泥沼化している」というのは、
「ずっと続くもの、なかなか引かないもの」
というイメージがあるのでは、と思ったのね。
イメージとしては膠着状態みたいなこと。
逆に関西の人が「泥沼化している」というのは、
「どんどん悪化していってて、
沈んでしまう」みたいなイメージでは、と思った。
ほっといたら沈むで、という感じ。
だから、東の泥沼への対処法は、「乾くまで待つ」で、
西の泥沼への対処法は、「ただちに助ける」
ではないかと思うのさ。
危機の度合いが西の方が強く、
緊急度合いが高いのでは?と思ったのね。
東の泥沼は、「厄介だが待てば時が解決する」だけど、
西の泥沼は、「今手を入れないと沈んで死ぬ」ではないかと。
関西人が「泥沼やんけ」といえば、
「さあ手を打とう」という意味だが、
関東人が「泥沼だな」といえば、
「引くまで待てば被害がない」という意味では?
という仮説である。
これは、物理の沼ではない、
仕事のような泥沼状況において、
東西のミックスチームの判断と行動が異なるのでは?
と思った。
つまり関西人はすぐに解決に動き、
関東人は収まるまで待つのでは?ということ。
関西人は関東人を見て、
「なんで助けへんねん。ぼーっと見とるだけやないか、
動けや」と思っていて、
関東人は関西人を見て、
「待ってれば実害はないというのに、
ぎゃあぎゃあ騒いで事態を悪化させたらどうするんだ」
と見ているのではないか?
という仮説を唱えたいわけ。
もっとも、そんなに典型的に分かれるよりも、
個人の仕事観のほうが差がありそうだけど、
大数の法則で何百人、何千人と集めると、
泥沼化した状況のイメージ、
危機度合い、
解決方法のイメージ、
助けようとする行為へのイメージが、
東西差で分かれるのでは?
と思ったのよね。
先日僕は色々と働いたんだけど、
その泥沼に手を突っ込まずに避けてるヘタレが多くて、
見てるだけかよボケと久しぶりに関西人化してたんだけど、
関東人から見たら待てば解決するのに、
と思われてた可能性あるなと。
「寝技」という仕事のやり方がある。
肉体接待のことではなく、
相手が根負けするまでずぶずぶと泥沼にいれて、
締め切りまで引き伸ばす牛歩戦術だ。
これは東京で仕事を始めてから知った戦術なのだが、
まさにこれは関東人の泥沼への対処法なのでは?
と今更にきづいた。
イラチの大阪人には考えられない戦法だ。
これも、泥沼への対処法が、
地域レベルで文化として根づいているのなら、
理解できる。
土は文化を生む、まで言えるかはわからないが、
泥沼に関しては、ありそうな気がする。
どなたか言語学者、この仮説に興味があったら調べて。
テーマはあげます。
2026年08月17日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック

