2026年08月18日

【薙刀式】新配列と競技タイピングの距離感

一見「合理的な新配列をタイパーが使えば、
qwertyなんて抜いて競技で常勝なのでは?」
って思うんだけど、
現実そうはいかない。

10年ほど競技界隈を横目で観察してきた結果、
住んでるところが違うので……くらい違う。
同じ日本語を使ってても外国人みたいな。


・競技者は、qwertyでのコピー打鍵特化、
 いかにqwertyで高速化するかに命をかけている
 (以下話を簡単にするため、JISカナは省略)

・変換なしでトップスピード秒20打鍵はあたりまえ、
 新配列使用者とは桁が違う速度帯。
 ちなみにATC 2025は200〜250あたりが上位帯だが、
 qwertyタイパーによって360越えの記録が出ている。
 https://m.youtube.com/watch?v=-HXyOWrgdvY&pp=0gcJCWoCo7VqN5tD&ra=m

・なので、「新配列がqwertyより速いなら使うけど、
 誰も速くないし、理論上速くなる根拠を示されてないし」
 という段階。

・理論上という意味では、
 たとえば同時打鍵は秒10打以上だと判定が困難になるだろうことはいわれている。
 「よく使うものを中央に、強い指に」とする新配列の基礎理論も、
 8本の指を等価に使えて、MNを親指で取ろうなどとする猛者には通じない。

・つまり、「それだけの肉体能力を備えた人用の理論」は、
 まだ存在しないとすらいえる。
 競技レベルでの高速理論は整備され尽くしたとはいえず、
 数〜数十人の天才によって記録だけが更新され続けている状況。

・仮に全配列OKのオープン試合があっても、
 新配列勢ではかすりもしないと予想される。
 惜しい人はいるかもしれないが、入賞は絶望的。
 なので競技勢から「やりましょうよ」と言われることはないだろう。

・なぜそうなのか?
 つまり、合理を極めて楽するはずの新配列は、
 なぜ競技で上位を狙えないのか?については様々な考察があるが、
 きちんと説明するには、競技とは何かを突き詰めないと分からないんじゃないか。

 僕自身は「創作打鍵とコピー打鍵は本質的にちがうから」
 という理由で、創作打鍵用の研究をしているので、
 競技に参加するつもりはない。
 (遊びではやるよ)

・タイピングゲームと創作文の速度は完全に比例していない。
 緩い相関はあるだろう。
 タイピングゲームが僕より2倍速い人が、
 僕より2倍速く原稿を書くわけではない、
 程度。

・アルペジオの利用、広い範囲を均等に使う、
 同時打鍵はやめて順次打鍵にする、打鍵数の多さは構わない、
 標準運指前提ではなく指の貸し借り(運指最適化)前提、
 などが競技用には必要では?といわれている。
 このうちアルペジオくらいしか新配列の理論と重なっていない。

・思考速度、執筆速度での快適さ=新配列
 考えない世界での指の限界運動=競技タイピング

 と考えると良いと思う。
 競技者とは、「普通の人では無理な運動が、
 できるまで鍛えてしまった人々」と考えると、
 新配列の勧めは彼らにとって余計な補助輪だ。

・ほんなら競技はなんのためにするんや?
 と問うのはスポーツに目的を聞くのと同じ。
 僕は明確に「書く事を抵抗0にしたい」があるが、
 彼らに目的はない。
 もちろん「速くなること」およびそのサブ課題はあるが、
 「速くなってどうしたいの?」はない。
 野球部に同じ事を聞いても同じ答えだろう。
 僕らにとってタイピングは目的の為の手段だが、
 彼らには目的だ。

・そもそもコピー打鍵には「攻略」がある。
 ランダムワードならばワードセットをすべて事前練習する、
 得意セットが出るまでESCガチャを引く、
 変換ありなら何度もやってIMEを調教済みにしておく、
 学習オフで何回スペースを押せばどの漢字になるか覚える、
 などなどだ(ルールによる)。
 創作打鍵にそれはない。
 あるとすると書く題材に対する「しらべもの」だね。

・また、構成や伏線、複数走る話題の並行、ミスリードやどんでん返し、
 喜怒哀楽のコントロールや解像度調整、
 第一稿〜n稿の書き直し(writing is rewriting)は、
 コピー打鍵にはない。

・競技タイパーの中には引退したら新配列やってみたい、
 という人もいる。
 ただし彼らは執筆が好きなわけではなく、
 スポーツが好きなだけだ。
 引退した野球選手が草野球をするようなもので、
 運動の記憶を愛でて楽しむだけだろう。
 もちろん書くことが好きなタイパーはいるかもだが、
 現時点で誰も長期的に長文を書いていない。



交わりそうでまったく交わらない、
ねじれの関係になった2つの世界、
というのが僕の見立て。

ものすごく簡単に言うと、
競技タイパーはqwertyだけに特化した人であり、
「タイピング全般」に特化した人ではないのだ。

彼らの語彙や世界はqwertyのそれで占められていて、
タイピング全般ではない。qwerty以外はノイズだ。

彼らは調整された環境のサーキットで走るF1であり、
公道を走るわけでもなく、
森を切り開きながら道を作るわけでもない。
生まれた目的がちがうのだ。
同じ道具を使っててもね。


上の文、ざっくり合ってると思うけど、
間違ってたら訂正してください。


F1ドライバーは時々セスナ乗ったり、
別の似たようなスピード娯楽をやる。
タイパーが一番ほかにやるのは音ゲーじゃない?

新配列やる人はほかになにする?
実は関係ない趣味が多いんじゃないかしら。
競技者は根っからスピードともに生きる人だけど、
僕らはもともと他の目的のために新配列を使ってるだけだもんね。


たまに配列設計者で、そこそこ競技でやれるやろ、
みたいな夢を見る人もいる。
それは自由だが、現実を確認してからだろうね。
まあATC 350出したら話聞いてくれるかもなあ。
posted by おおおかとしひこ at 15:09| Comment(0) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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