タイピングが速いことのイメージがこれなのは、
ノーマルのタイピングが手段として間違ってるってことだ。
速く書けるということは、手数が少ないことなんじゃないか。
走る能力に関しては、
このように動き自体を速くすることしかない。
ピッチ走法とストライド走法の違いはあるが、
基本的には「今あるやつを相似形で速くするしかない」
のは同じだ。
なぜなら、「走るフォーム」は同じだからだ。
フォームは変えようがないので、
それを速くするしかないわけだ。
タイピングはどうだろう?
qwertyローマ字しか世の中にないなら、
そうするしかないと思う。
でも「文字を書くこと」の歴史を振り返れば、
楷書が行書、草書になったように、
「フォーム自体を減らして、
手数を減らす」ことで速くなってきたわけだ。
じゃあ、大きくは、
手数を減らす事をするべきではないかと思う。
ローマ字系新配列は、
動線を整理することで、動線を短くして、
実質の手数を減らした。
カナ配列は打鍵数を減らして手数を減らした。
同時打鍵系は、動作数を減らして、
「主観的な命令の数」の手数を減らした。
漢直は、カナ漢字変換の手数を減らした。
僕らは速くなりたいが、
別に「手の動きが素早くなりたい」わけではない。
アジリティを高めたいわけではない。
自分の限界を上げたいわけではなく、
むしろ限界よりも下のほうを巡航速度にしたい。
じゃあ手数を減らすのが、
合理的だと思う。
まあ漫画だから、
「手数が少ないゆえに速い」を表現するのはかなり難しいだろう。
もしできる漫画家がいたら挑戦してみて。
スッ……えっもう終わり?
みたいな感じになるんだろう。
つまり主体ではなくリアクションで決めるタイプかな。
手数もアクションも手間も減らしたいものだね。
操作系も手数減らねえかなあ、
と思って編集モードをつくったし、
固有名詞の手数を減らしたいから、
固有名詞モードをつくったんよな。
そしたら速くなるし、
その分脳は考える事に回せると思う。
全ては考えの邪魔をしたくないんよな。
たぶんその真逆が書道で、
書くことは置いといて、書き方だけに全力を尽くすんじゃないかしら。
僕らは、字がきれいかどうかはどうでもよくて、
内容に集中したくて手数を減らしたいんだろう。
ズダダダとタイピングするのが速いなんてナンセンスだ。
アジリティゲームに参加してるだけじゃん。
2026年08月22日
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